鎌倉新フルート合奏団:合奏団便りから
  中国の笛『笛子』

中国の笛『笛子』

                       鈴森 武雄(1stFlute)

   当合奏団は9月26日鎌倉芸術館で、国連認定ボランティア団体AMDAのチャリティーコンサートに出演し、中国の二胡と中国琵琶の名手で世界的にも有名な姜さん,楊さんと共演する機会を持つ事が出来、大いに得るところがあった。日ごろクラシックを演奏している我々は、中国音楽の表現に戸惑い、驚き、最後に感嘆したのである。この演奏会については曲目、共演者(日本の琴、合唱、ピアノまで共演した)等別途報告されるであろうから、ここでは省略する。これを機会に二胡、中国琵琶に対する我々の関心は大いに高まった。私としても、これを機に懸案の膜のあるフルートの元祖である中国の笛について調べておこうと思ったのである。

   中国の膜を持った笛は笛子(ディーズ・DIZI)と呼ばれて、中国の笛として最も代表的なものである。以前膜のある韓国の大琴(本来竹冠であるがワープロで出てこないので以下本文では、琴で代用させて頂く)について合奏団便りに寄稿した。この韓国の横笛の歴史は三韓時代からの長い歴史のある楽器であるが、この横笛大琴も中国から伝わったのではなかろうか。

   神田、神保町の中国図書専門店内山書店で、中国語の笛子吹奏法(胡結続著)という本と、陸春齢の笛子のCDとを購入した。内山書店にはかなりの中国の音楽関係の本やCDがあり、少ないが二胡までも置いてある(笛子は置いてなかった)。しかし笛子に限ると、数行の記載しかない本ばかりで、良い本は見当たらない。まとまって記載のあるのは前記の本のみで、280円である。この安さには驚かされたが、きちんとした説明と、高度の内容を盛り込み、1964年からの歴史のあるテキストで200万冊(中国的誇張でしょうか?)に近い出版数になっているのを見ると、かなり信頼できるテキストであろうと思われる。問題は中国語である事であり、漢字を見ていると、だいたいこんな内容について書いてあるらしいという事は分かるが、詳細は全く分からない。たまたま勤務先で隣の部署に中国語の達人がいたので、多大の協力を頂いた。感謝を申し上げる。この他インターネット等からの情報で本文を纏めた。

   笛子は、現在一般に二胡と共に広く使用されている中国の代表的な楽器である。笛子は京胡(京劇で使用される二胡で竿の部分が竹で出来ている。普通の二胡は紫檀。)と共に京劇で音楽の中心となる楽器で、孫悟空で大いに活躍するが、京劇で京胡が活躍する同一の曲では、同時にはあまり使用されないと言う。中国で弦楽器の王様が二胡であり、管楽器では笛子である。それぞれが独奏楽器の王様であるので、京劇では同時に使用されたり、相手の伴奏にまわる事は余りないらしい。

   笛子の歴史は、漢の武帝のときに西域(中央アジア)に派遣された張賽により、中国にもたらされ、当時の首都の長安から全国に広がったと言うから、2000余年という随分歴史のある楽器なのである。

楽器の構造

   材質はほとんど竹であるが、鉄、銅、樹脂のものもある。前記の中国語の本で私に理解できるのは、次の文章程度である。


笛身有一個吹孔、一膜孔、六音孔、二個后出音孔
   后出音孔は笛の下部の方にあいている孔で、図には前出音孔も記載されているが、どのように使用されるか確認が必要である。私が持っている韓国の大琴も后出音孔がある。何らかの機能を持った必要な孔ではあると思われる。

   笛子は尺八と同様たくさんの調子の笛子がある。しかしC調とG調の楽器が多く使用されるようである。音域はD調曲笛でAからD、G調の笛でDからGまでである。従って上の音域は少し狭いがフルートとほぼ同じ音域である。前記のCDでは高音で華々しい技巧を駆使した曲があり、これはかなり高目の調の楽器なのだろう。

   このCDの奏者陸春齢は中国でのエリザベス女王歓迎の演奏や、毛沢東と一緒の写真が出ていて、上海の音楽大学の教授であるので有名な奏者なのであろう。テクニックも確かで面白い。CDは上海民族楽団との共演と、琵琶等との演奏となっている.曲はまさしく中国の音楽でにぎやかなものと、しっとりしたものに分かれる。瀟湘銀河、小放牛、梅花三弄、行街というような曲が入っている。

   笛子の特徴は何と言っても膜を張った孔を持っている事である。膜の材質は葦からとったもので、破れやすいものであって、時々張り替える。この膜が振動して独特の音色になっているのである。

   笛子は大琴より音域が高い事も有り、また中国音楽と言う事から、音色が明るくにぎやかである。また膜の効果は笛子独特の音色となっているが、大琴ほどではない。大琴の音色はほとんど膜の振動によるものといって良いが、笛子はまだ管の響きが残っている。笛子の高音は膜の効果は少な目で、低いほど膜による音色の影響を受けている。
中国の笛子と韓国の大琴と比較すると次の通りである。
笛子
大琴
明るい、にぎやか
暗い、哲学的
中高音
中低音

歌口が特に大きい

深いバイブレーションでの演奏



演奏法

   以下に述べる通り、フルートと同様の、また笛子特有のいろいろな技巧・技術があって、高度な演奏・表現技術がある。

タンギング
   日本の笛にはタンギングはないが、笛子はフルートと同じタンギングがある。双舌、三舌、花舌、喉音 が詳しく前記の本に説明されている。夫々がダブルタンギング、トリプルタンギング、フラッターツンゲ、に近いテクニックであるが、フルートとは少しずつ演奏法が異なっている。
双舌は後で述べる双吐と異なり、徳(de)勒(le)のという舌の動きでダブルタンギングを行うようである。

   喉音は舌を後ろに引き、下顎を下げて、横隔膜を上に上げて息を出して、咽喉(口蓋垂)を通るときhouと震えて音を出す。花舌より音量が大きく、演奏に勢いをつけて、吹きながら歌っているような感覚を与え、豊かな表現をもつ(悲しい表現も)。フルートの小出信也が、おしゃべりコンサートで,熊蜂の飛行でフラッターツンゲが出来ないので喉チンコを震わせて演奏したと話していたので、テクニックとしては同じようであるが、笛子ではフルートよりもっと演奏技術を高め、高度な表現に活用している。

呼吸法

   以下のような呼吸法が紹介されている。
   自然呼吸、循環呼吸(ブレスの時、音を途切れさせず演奏する呼吸法)

   息の出し方は次の方法があるといっている。 単吐
単外吐:舌を歯や唇に当てて力強く、確実に発音する。
単内吐:舌を上顎に軽くつける程度で、軽く、またまろやかな発音をする。
気吐:fuという発音
唇吐:puという唇での発音。
  • 双吐
    双外吐:吐苦吐苦という発音
    双内吐:区背区背(qu,ken、qu,ken)という発音でまろやかで、柔らかい、軽い発音。
  • 三吐
    三外吐、 三内吐
   フルートの世界からみて、循環呼吸、気吐、唇吐、花舌、喉音等が表現手段として確立している事に驚きを持たざるを得ない。

地方や民族の特徴

   北方の笛子、南方の笛子(江南)、内蒙古の笛子、ウィグル族の笛子、チベット族等の 笛子があり、演奏方法や曲で地方や民族による夫々の特徴がある。 これまで及び今回の合奏団便りへの投稿で、(日本で最近販売されてきた膜のあるフルート)、韓国の大琴、中国の笛子の三種の膜のある笛について投稿が完了した。漢の武帝の時代に中央アジアから中国にもたらされ、三韓時代に韓国に伝わり大琴となり、大きな時代の隔たりがあるが、1980年か1990年代に膜のあるフルートととして、日本に伝わった事になる。
   膜のある笛がどうして早い時代に日本に広がらなっかったのであろうか。正倉院に4本の横笛が残されており、その複製品の写真がインターネットに出ているが、膜孔はなさそうである。三味線や日本琵琶の音色から、膜による渋味のある笛の音色も日本人の好みであるように思われる。もちろん大琴や笛子の音色のままでは日本人として違和感を感じるのであるが、導入して日本人の感性に合うように改造されたり、作曲されて行ったはずではなかろうか。

   しかし次の状況では、何といっても日本びいきになってしまうのである。
   枕草子に『笛は横笛がいみじうをかし。近くなりもて行くもいとをかし。近かりつる声、はるかに聞こえて、いとほのかなるも、いとおかし。』と書かれているらしい。ここに登場する笛は、深く澄んだ日本古来の笛の音であってほしい。フルートでも、膜のある笛でもない。このような世界に一度浸ってみたいものである。

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