鎌倉新フルート合奏団:合奏団便りから
  フルートと銀について

フルートと銀について

鈴森 武雄(1st Flute)


 フルートの材質は金、銀、白金、合金、黒檀等、さまざまである。これらフルートの材質と銀の性質について、纏めてみた。暇のある方は、素人の駄文にしばらくお付き合い願いたい。

 フルートの材質はどうして値段の高い貴金属ほどいい音がするのであろうか。金や白金という特に値段の高い貴金属ほどいい音がする。本来偶然であろうが、神は多くのフルーティストから恨みをかうことになったのである。

では、どうして金属の種類によって音色が異なるのであろうか。バイオリンは古い歴史を経た楽器ほどすばらしい音となる。木質やニス、楽器の構造が音色を決めていくと言われているが、金属フルートは古くなる事によって音が良くなることは無い。フルートは消耗品と言われている。もちろんタンポンの馴染みや、個人のその楽器に対するなれなどはあるが、フルートという楽器そのものの音色が長い年月の過程で良くなる事はないと言われている。

フルートの材質で音色・性能が異なるのは、皆さんご承知の通りであるが、金属のどういう物性がどのように音色に影響しているのであろうか。金属の専門の方がおられれば、うんちくを傾けて頂きたいものである。。いやすでにどこかで検討はされているのであろう。或いは楽器メーカーでは当然新たな音を目指して現在でも検討がなされているのであろう。金属の代表的物性を表.1に纏めてみた。素人なりにこれらの物性と音色がどう関係有るか少しだけ考えてみる事にしよう。ここでは楽器の構造はいっさい議論の対象から外して、楽器の材質についてのみ考えたい。

表.1から貴金属は展延性、硬度(一部データが抜けているが)、比重、剛性、比熱、熱伝導率、電気抵抗等で他の金属と著しく異なっていることが数値で理解できる。

表.1 フルート材質の物性

物性
白金
Ni
Ti

原子量

107.88

197.0

195.0

58.7

47.9

比重

10.49

19.3

21.4

8.85

4.5

展延性

金に次ぎ大
あり
あり
もろい

引張強さ KG/mm2

7.5

11.0

   

   

約50

伸び %

50

30

  

  

約25

ブリネル硬度

2.5

33.0

4.3

  

200ビッカー

ヤング率×1011dyn/
cm2

7.70

8.0

16.8

20.2

  

剛性率×1011dyn/
cm2

2.87

2.77

6.1

7.7

  

線膨張率×10−5/deg

1.70

1.42

9.1

1.28

  

比熱   cal/deg・g

0.056

0.031

0.032

0.107

0.113

熱伝導率cal/deg・cm・
sec

0.71

1.006

0.165

0.201

  

比抵抗 ×10−6Ω・cm

1.62

2.19

6.7

6.9

  

結晶構造

  

  

  

  

  

  いい音、悪い音は確かに有るが抽象過ぎて、金属の物性と関連づけるのは難しい。いい音、性能の良い楽器となる事項を具体的に表.2のように音の性質に分類して、その上で物性と関連の有りそうなものにえいやっと○を付けてみた。

表.2 金属物性と音色 

音の性質
比重
ヤング率
硬度
結晶構造
展延性

音の大小(共振性・共鳴性)

  

  

  

硬い、柔らかい (倍音の多
さ) 0

  

  

  

  

艶(倍音の種類)

  

  

  

  

きれい、汚い (非倍音の多
さ)

  

  

  

  

  

明るい音

  

  

  

重厚な音

  

  

  

  

雑音の多い少ない

  

  

  

遠達性の有るなし

  

  

  

  

  

音の対上りが早い遅い

  

  

  

  

単純な音,複雑な音(倍音の
多少

  

  

  

  

  素人のえいやっであるので、全く根拠がない。金属物性と音色の関係を明らかにするには、金属組成・物性を変化させて、物性の変化と音色の変化を相関式で捉えていく必要があるが、良い音(音質)を正確に評価する基準・装置が無く、フルート奏者の影響や、異なった材質で全く同じ構造のフルートを多く製作する必要から、数値に基づいた科学的評価は不可能に近いであろう。単純にある材質の笛を吹いてみてどんな音か、と言う評価をするしかなさそうである。この表を纏めるとき、金や白金と全く反対の物性を持っている金属として、眼鏡のフレームや、ゴルフのヘッドに使用されるチタン(軽くて、硬くて、剛性がある)を入れておいた。どんな音色になるのであろうか(ゴールウェイのホームページにチタンのフルートの記載があると言うが見当たらない)。軽くて強い材料は厚みの薄いフルートが製作できて、共鳴性の良い、音量の大きいいフルートが出来る筈である。このほかジルコニウム、タンタル、パラジウムもフルートの材質として考えられるところである。

 ザ・フルートの27号はフルートの材質の特集である。それでも材質と音色についてきちんと記載されてない。一部引用すると次の通りである。

洋銀:価格は最も安い。管体軽く、音を出しやすい。

総銀:フルート本来の音色をもつ。

14金:重厚さ、遠達性、音の密度の高さが際立つ。

 金銀銅の色調分布図や田中金属の話とか、桜井製作所の話は出ていても、材質と音色の関係をきちんとした形で記載されてはいない。科学的評価はまだまだ難しそうである。

 お寺の梵鐘を製作したものの、何回作り直してもどうしてもいい音が出ない。金の指輪を投入して作ったらすばらしい音になったというのはどこかで聞いたような話である。いろいろな金属を混ぜ合わせて数えられないほどの合金が開発されている。少量添加するだけで、結晶構造が変化して、全く異なった物性を示す事も多い。添加物は金属だけでなく、窒素や炭素までコントロールされているのである。フルートの材質も合金で金や白金を越える音の出るものが合金で安く開発できないのであろうか。その為にはきちんと音色の評価方法の確立と金属物性の関係をつかめるようにする事が必要であろう。

 ところで、銀と言えば一般には食器,ナイフ、フォーク等に幅広く使用されてきた。これは銀の持つ財産価値も有るが、もう一つの理由に銀の食器は毒物の入った食べ物で、変色すると言われ、昔から王侯貴族を初めそのような状況の人に好んで使用されてきた。最近和歌山の亜砒酸事件やオームのサリン、札幌の青酸カリ送付事件と忌まわしい毒物事件が続いている。このような毒物に対して、銀食器は本当に有効であろうか。銀は硫化水素と反応したり、オゾンとは容易に反応して、化合物を生成する。また銀製品は酸化して表面がすぐ黒くなったり、比較的反応しやすい金属である。従って毒物と反応して、銀の色が変色して毒物警報センサーの役割を発揮できるかもしれない。上記の毒物で銀食器が変色するかどうかは調べてないが、少なくとも銀食器が変色するような食品は人が食べられるようなものではない。本来ならば文献を調べるか、簡単な実験を行えば、毒物と銀食器の変色に関する結論を出すのは簡単そうである。私の現在の部署はこのような調査に適した環境でないので、機会があったら後日文調査を行っておきたい(実験はあらぬ誤解を受けそうで止めておきましょう)。

 銀製のフルートで真っ黒にしてしまっている人がいますが、これは事によったら体から、毒素を多量に分泌する特異体質かもしれない。このような人には近づかないほうが良いでしょう。興味ある研究テーマではないでしょうか。

 ところで私の係わった仕事の中に、メチルアルコールからホルマリンを製造するプラントの設計、建設、運転の仕事がありました。このホルマリンプラントでは銀の粒子を触媒にしてガス状のメタノールを空気と共に酸化してホルマリンを製造します。工業的にホルマリンを製造するのはこのような方法ですが、銀は厚さ数cmに敷き詰めて触媒にします。大量の銀を扱うので、厳重に使用量をチェックしながら作業をおこないます。フルートなら何百本、何千本出来るのでしょうか。所で銀の価格は意外に安いものです。フルートの重量は約400gですので銀のフルートの素材価格は10,000円(素材メーカーへの配慮の為かなり大きな誤差を含めています)といった所です。銀の素材の価格はたいした事はないので、フルートメーカーはもっと安くて性能の良い楽器を提供する努力をするべきでしょう。

 この触媒としての銀の購入先は田中貴金属だったのですが、前記(ザ・フルート)の通りフルートの素材としての銀の供給メーカもこの会社でもあったわけで、なるほどと思った次第です。とにかく銀の精製や再生、調製に優れた技術を持った会社です。

 もう一つ銀の特徴を紹介しておきます。それは銀の抗菌作用です。

重金属の抗菌作用は金属本来の毒性や抗菌性によるものでなく、表面酸化や金属を含有する溶液中に解離した金属イオンに起因する細胞破壊やエネルギー代謝機能の不能、活性酸素成生によると言われている。抗菌作用は水銀>銀>銅>亜鉛>鉄>鉛>ビスマスの順である。水銀は安全性の面から使用されず、銀がゼオライト、ガラス等に担持させてプラスチック等に混ぜて特に最近幅広く使用されて来ている。例えば抗菌まな板等の台所用品、バス・トイレ用品等である。(しかしプラスチックの物性を損なわず、かつその表面に抗菌性を発揮させるのは容易な事ではないのである。)

 以上のような銀のもつ抗菌作用から、我々の使用している銀のフルートには菌、カビのたぐいはまず生活してないと言って良いのである。この点では金、白金、洋銀よりはるかに銀の笛が衛生的であるといえる。

 銀の人体に与える影響について資料を調べたわけでないが、かなり安全なようである。しかし強い抗菌作用がある事は、逆に人体にも全く影響がないとは言えないであろう。もしこのような影響が出るとすれば、銀のフルートを一日中吹いているフルーティスト以外にない。我が団の先生方ご注意下さい(?)。またもちろん麗しき女性フルーティストにとって、銀の笛は世の雑菌の攻撃から守ってくれる力強い味方ですから、しっかり活用される事をお勧め致します。なにしろフルートを吹く女性ほど世の男性にとって魅惑的な存在はないのですから。

 銀については、このほか写真の材料に使用されたり、宝飾の材料となり、いろいろな話もあるのであろう。どなたかの話を期待して、小生の銀に関する拙文を終わらせて頂きます。

 

    以上

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