鎌倉新フルート合奏団:合奏団便りから
  東南アジアの笛

東南アジアの笛

                       鈴森 武雄(1stFlute)

 前回韓国の大琴の紹介をしましたが、今回は東南アジアの変わった笛について紹介します。

 ヨーロッパの横笛はアジアの横笛が中世以降伝わったもので、18世紀の初め頃まで、笛と言えば縦笛、即ちリコーダーを指していた。そして皆さんご承知の通り、バロックの時代は、リコーダーとトラベルソ共存の時代であり、古典派の時代からは横笛(フルート)が全盛となった。

 このヨーロッパの横笛の起源となった横笛はもっぱら、インド周辺から日本の範囲のみに限られて使用されてきたのである。これは中空な円筒である竹の存在によって初めて、笛が成立・存在し得た為であろう。とにかく竹や葦があった場所では、非常に古い時代から横笛、縦笛が存在し、文明の発達による加工技術の向上とともに、木質への転換、音孔・キーや歌口の発展が有り楽器としての機能が改良されていった。我々現代人にとっても、家庭で横笛ごときものを作ろうとするとき、竹が身近に有れば、それなりの形状の笛を作る事が出来るが、木から制作するのは(内部をくり抜く)ことは並大抵ではない。その意味で笛の起源は竹という素材が存在した場所であったであろう。日本で竹は全国どこでも容易に手に入り、それから制作される笛は古来常に身近に存在してきた。お祭りや能、歌舞伎で使われる横笛、ごく身近にある尺八の音楽から、笛と言うものが我々日本人にとって、特別な意味を持った楽器になっていると思う。このような背景が日本でピアノやバイオリンについで、幅広くフルートが好まれている理由なのであろう。

 本題に戻ることにして、NHK出版小島美子著「音楽から見た日本人」に東南アジアの変わった横笛が説明してあるので引用させて頂いて、当団各位に紹介したい。

 東南アジアの変わった笛の一つが中国南部の少数民族が使用している吐良(トウリャン)である。これは45センチくらいの細長い笛で、真ん中近いところに歌口が有るが、指孔はない。両端は開いていて、右端には掌を当て、左は外側から握るように持って親指を孔に当て、それを微妙にずらして、なんと二オクターブ以上の音階を吹き分けることが出来る。雲南省のチンポ−族(事実こう記載してあり、小生の冗談ではない。でも愉快ですね)がよく使っているのだが、早いフレーズも平気で演奏してしまうのだから驚異である。

 もう一つは口笛(コウディ)である。ずんぐりした竹笛で、長さは17センチくらい。真ん中近くに吹き口があって両端は開いているのだが、その吹き口の両側に、指孔が吹き口とは少しずれた位置に二つずつあけてある。これは両手で外側から包み込むような形で持って、両手の人差し指、中指で指孔をおさえ、親指で両端の孔を押さえるのに好都合な形なのである。これは台湾の漢族も使っているが、もとは少数民族が使っていたものであろう。トン族の演奏を聞いたことがあるという。

 もう一つはミャオ族がつかっている苗笛(キャンプライ)である。これは真ん中近くに吹き口があり、右手は口笛と同じような演奏をするので、指穴が二つあけてある。しかし左手は吐良と同じように演奏するので、指穴はない。そして吹き口の中に、ちょうど笙のリードと同じ金属のリードが埋め込まれている。

 この吹き口にリードを埋め込む形は、中国南部からヴェトナムにかけての少数民族が使っている巴鳥(バウ)という横笛と同じである。この巴鳥は外から見ると、篠笛と同じなのにシンセサイザーかと思うような音で、ギョッとする。これはこの地域が笙の故郷のようなところなので、そのリードを横笛に利用したものなのだ。

 だからこの苗笛は口笛と吐良と巴鳥を合成したような感じの笛である。

 以上東南アジアの両端の開いた笛を前記の本から引用して紹介したが、フルートと日本の笛のみしか知らない小生にとって、両端が開いた笛で音が出ると言うのが、驚異であった。また指孔の存在しない笛で2オクターブ以上の音階を吹き分けると記載されているが、本当なのであろうかと、大きな興味を持ったのである。理工系の出身の端くれとしてこれは実験をしてみなければと考え、吐良を作ってみることにした。

 四日市工場に出張の折、長さ800ミリ、外径22ミリ、内径16ミリの塩ビのパイプを分けてもらってきた。フルートの内径が19ミリであるからほぼ同じサイズで音も出やすいのではと考えた。

 まず真ん中(きちんと中央)に歌口の孔をキリとヤスリの根本であけ、音の出やすい大きさまでヤスリで削る。塩ビでも音はそこそこに出ている。

 そこで両端を開け閉めして音を出してみた。しかし音階どころではない。基音とその1オクターブ上の倍音が鳴るだけである。右端を開けた時と、左端を開けたときも音は同じである。両方開けた時は基音の1オクターブ上の音が出るだけである。しかし両端が開いていても確かに音が出ることが確認できた。音がかすむとか、出にくいという事も特にない。とにかく私にとっては両端が開いた状態で音が出たのは、思いもかけないことであった。いろいろな音が出ないことについては、こんな筈はないと考えて、上記の吐良の文章をよく読むと歌口の位置は真ん中近くと書いてある。また口笛の写真もよく見ると歌口は中央から少しずれている。

 そこで塩ビの右端(左端はそのまま)を40ミリほど鋸切で切って短くした(塩ビは加工が容易で今回の様な目的には最適である)。右側を閉にしたときと左を閉にしたときの音が異なってきて、音の種類が一気に増加した。そこでチューナーで測定した。結果を表.1に示す。

         表.1 笛の両端開閉時の音程


左端
 右端 
 音程 
 高音 
 低音 
(1)
F#
(2)

 


 



 

 

(3)
G#
(4)

 


 

F#

C#

   

  


 

笛全長760ミリ 左側400ミリ 右側 360ミリ

右端左端欄の○は開●は閉を示す。高音低音の○は音の高低を示す。

1)  (1)のF#は(4)の倍音

2)  (4)のF#は最低音

3)  (1)、(4)は全長での振動音

4)  (2)は歌口の右側での振動音 又は左側での振動音

5)  (3)は歌口の左側での振動音 又は右側での振動音

6)  両端の開閉を微妙にずらすことで半音程度音程が上下する(指をずらす程度で自由に音程を調節する事は出来ない)。

 

 表.1の様に6種類の音、及びその半音の上下音が出るようになった。(2)(3)の音はそれぞれ歌口の右側で共鳴しているのか、左側で共鳴しているか不明であるが、とにかく右と左の長さが異なることで音種が増えたことは事実である。どちら側で共鳴して音が出ているのか、確認することにした。

 

 歌口の右端を更に35ミリほどカットする事にした。歌口の左側は長さを変えてないので、左側で共鳴している音程は変わらないはずである。この条件でチューナーにより音程をチェックした。その結果を表.2に示した。

              表.2


左端
 右端 
 音程 
 高音 
 低音 
(1)


F#

 


 

(2)



A#


 

 

(3)
(4)

 


 


 


 

笛全長725ミリ 左側400ミリ 右側 325ミリ

 しかし(1)(2)(3)(4)の各音は全て高くなってしまった。

 さらに歌口の右端を27ミリほどカットした。チューナーにより音程をチェックし、その結果を表.3に示した。

              表.3


左端
 右端 
 音程 
 高音 
 低音 
(1)
(2)


F#


 

 

(3)

 


 


A#


  

  

(4)

 


 


 


 

笛全長698ミリ 左側400ミリ 右側 298ミリ

 (1)(2)(3)(4)の各音は再び全て高くなっている。(4)は表.2と同じ音程の表記であるが、表.2は低めのGとD、表.3は高めのGとDである。

 

         表.4 まとめ


左端
 右端 
 表1 
 表2 
 表3 
(1)
F#
F#
(2)




A#

 F#

(3)

 


 

G#

 


 


A#

(4)

 


 

F#

C#



 以上の結果より歌口の右側のみを短くしても、(2)(3)の何れも音が高くなっており、当初の予想から外れた結果となった。歌口の右側と左側の両方で分かれて振動するという考えは訂正せざるを得ないかもしれない。或いは歌口の右端又は左端を閉じたときに、歌口が中央からずれているため、5度上の全長の第2倍音、3度上の全長の第4倍音のうち、出しやすい方の音が、出ているのであろうか。しかし表.4の結果はもっと複雑な状況を示している。管の長さと音程に関する音響学的数式と、オシログラフによる測定結果があれば結論が得られるであろう。あるいはどなたか表.4の説明を頂ければ幸いである。

 結論の得られなかった部分もあったが、何れにしても、音孔無しでも、6〜7種類の音を出せる事、及び両端の指を少しずらせて半音程度の上下の調節が出来る事から、吐良の音種としてはそれなりのものになるという事が確認出来た。しかし自由に2オクターブを吹き分けるのは、至難の技であろう。実際に演奏しているのを是非聞いて確かめたいものである。 

 また前記の口笛や苗笛はさらに指孔が2〜4ヶあり、表.4の結果から考えて非常に多くの音が出るものと考えられる。これらの笛でどんな音楽が奏でられているか想像するだけでも楽しいものがある。

以上両端の開いた東南アジアの笛について若干の実験を交えて紹介した。


「合奏団便りから」へ戻る
Copyright(c)2007 鎌倉新フルート合奏団 。 All rights reserved. Base template byWEB MAGIC.