鎌倉新フルート合奏団:合奏団便りから
 音痴で音楽家になれるか?

音痴で音楽家になれるか?

                       吉崎勇(Bassフルート)

 実際に音痴でありながら音楽家になれるかどうかの問題であるが、どうもなれるような気がしてならない。それは「ピアノ」のような鍵盤楽器は自分で音程をとって演奏する必要がないから可能性はある。しかし、もっと信じられないのは大音痴で世界的な女性声楽家になったお話である。

 米国ペンシルバニアの大銀行家に生まれたF.Fジェンキンスは生まれながらに立派な音痴であった。しかし音痴が音楽を好きになってはいけないという理由はない。大富豪の父親の資金力で著名な声楽家を次々と師に持ち、20歳を過ぎる頃には完全に声楽過程をマスターしてしまった。お断りしておくが、当人は常に正確に歌っているつもりなのであるが、出ている声が常に不正確、、、いや大不正確なのです。

 これは彼女の聴覚を結ぶ脳細胞に障害か未発達部分があって、一般の人が持つ音の世界より多少誤差を持っていたのだろうと思われる。その理由として、彼女は十数年間真剣に声楽を習い、常に定まった不正確な音を正確に捕らえていたことがこれを証明している。

 さて、富豪が故に大石油会社の社長と結婚し、暇と金を全て声楽のレッスンにかけた。人間20年も何かを努力すれば、人の前でやってみたくなるのは当然。彼女もその例に漏れず演奏会を開いた。ともかく大音痴がピアノに不正確な音程で合わせてワーグナーからモーツァルト、シューベルトからシュトラウスなど難曲を次々といとも簡単に片づけたのである。これが開拓精神旺盛な米国の気質にあったのか大盛況。さぁこうなると音楽プロモーション黙っていない。音楽がどうであろうと客が集まり金が集まる。おまけに出演者が大金持だから資金力に困ることも無い。「これも音楽のジャンルのひとつだ」とかなんとか理由をつけてやたら演奏会を開かせた。

 これが余りに話題になった為に家名を重んじた石油会社社長は、莫大な慰謝料をつけて彼女を離婚。おまけに目の上のたんこぶであった彼女の父親がタイミング良く死亡してこれまた莫大な遺産が入り込んだ。

 さぁ、金は有るし、暇は有るし自由の身。おまけに演奏会を開けば超満員の大拍手なのだから、当人もその気になってコロラチューラ・ソプラノ歌手として身を立てることに決意を固めた。(多分マネージャーは小躍りして喜んだことであろう)ニューヨークは年一度、あとは国外から国外へと演奏旅行。何てったって金が有るから豪華絢爛。背中に羽根なんかつけちゃって面白いのなんのって。話題は話題を呼び各会場とも前売券は瞬時に売り切れ。そのうえ会場で彼女の歌を聴いてちょっとでも笑った人は係員に場外へ退去を命ぜられるとあって、会場は我慢大会の呻き大会。それがまたおかしいとあって大評判。一説によると、顔を押さえるクッションを持って椅子の下で悶死しそうに苦しんでいる人が何人もいたという。

 このジェンキンス最大のクライマックスはニューヨークはカーネギホールでのリサイタルを満員にしたことである。1944年10月25日、過去にハイフェッツ以外に個人リサイタルで満員になったことのないカーネギーホールは前売券発売当日に全席売り切れ、プレミアにプレミアが付き、大変な高額で切符が取り引きされたという。ところがこのジェンキンス嬢、この演奏会の1カ月後に心臓麻痺で突然死んでしまったのである。

 この人の歌を車の中で偶然聴く機会があってこの記事を書くことになったのだが、聴いてみると、本当にスッキリするくらいヘッタクソであったと同時に、凡人が真似をしてみても、はんぱな努力ではこれを越えることはできないだろうと思ったりした。

 この大音痴の声楽家が何故これほどまでに人気があったのか考えると、何より彼女が真面目で、非常に努力家だったということが好感を呼んだのであろう。そして、アメリカの国民性がそうさせたといってもいい。この国にはその気になればどんなものでも育てる(持ち上げる)力がある。だから世界の人々が憧れる国なのかもしれない。


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