鎌倉新フルート合奏団:合奏団便りから
バロックの奏法

バロックの奏法

                                         平成22年1月18日

                  鈴森武雄

 最近大島富士子さんの「正しい楽譜の読み方」(現代ギター社)という本を読んだ。ウィーン音楽大学インゴマー・ライナー教授の講義ノートに基づいたもので、昨年発行されたまだ新しい本である。バロックの演奏に参考になりそうなので箇条書きにまとめてみた。ここでは楽譜例を添付してないので、分かりにくい点も多いと思われる。興味ある方は上記原本を参照下さい。またヘンデルの11のソナタ、ベーレンライター版(全音楽譜出版)の前文にも演奏方法が細かく記載してあり引用した。しかしこれは1954年とあるので相当古くなっている(*印)。T先生からも同様な説明をいろいろ受け引用させていただいた(T印)。


1.メトロノームのないバロック時代のテンポの決め方。

 バロック時代にはメトロノームはなかったので脈拍や歩く速度から通常テンポ「テンポ・オルディナリオ」がありこれから1小節の長さ(タクト)が決められた。そしてある曲がいくつかの曲で構成されているとき、各曲の1小節の長さは一定である。例えば3拍子の1小節と4拍子の1小節を同じ長さで演奏する。特に途中で2拍子から3拍子に変わる変拍子の曲などでは1小節の長さは変化しない。例、バッハの平均律でのプリュードと後のフーガの速度など。尚、舞曲はこのテンポシステムから除外され、舞曲固有のテンポで演奏されなければならない。バロック時代の音楽の80%は舞曲で、舞曲と書いてないものも多い。舞曲以外にも舞曲のキャラクターを帯びたものが沢山あり、作曲家の指示がない限り舞曲としてのキャラクターとテンポに合わせる。

J.S.Bachの有名なフルートソナタBWV1030の第1楽章は書かれてはいないが典型的なアルマンドであるので、そのテンポであるアンダンテ歩く速度で演奏しなければならない。

緩−急が対になっている楽章に対し、緩徐楽章の8分音符が、急楽章では4分または2分音符の速さになるようにする。ヘンデルのソナタ1番1楽章と2楽章など(*)。


2.舞曲の演奏

サラバンド

 16世紀スペインで流行した大変官能的、肉感的な男性の踊り。あまりにエロティックでスペインでは教会がこの踊りを禁止したほどであった。サラバンドはこれまで解釈されてきたようなリリックで牧歌的な舞曲でなく、どちらかというとテンポを前押しにしていく激しい感情表現の曲である。

メヌエット

 ヨーロッパの宮廷でもっとも人気のあった優雅な舞曲。ルイ14世の時代に始まり18世紀にはヨーロッパのどの宮廷でも踊られた。ステップはとても難しく、半年で踊れたら天才だといわれたくらいであった。通常一組ずつがみんなの前で踊り、何組も交代しながら延々と長時間メヌエットが続いた。演奏するほうも途中最少人数の3人で演奏したので、それがトリオでメヌエットとセットになっている。3拍子であるが6拍が1サイクルで、2小節目の頭に向かって曲が流れ、従って2小節や4小節の頭にアクセントがくる。1小節や3小節の頭にアクセントをつけるとメヌエットのバランスが崩れる。初期には陽気で速い曲として踊られたが、除々に程よいテンポになり18世紀にはかなり遅めのテンポになった。
 メヌエットは古典時代のそれと混同してはならない。非常に生き生きと新鮮にいわば1小節を1拍でとるようにすべきである(*)。

プレリュード

 舞曲ではないのでフレーズのとりかたは小節線に依存しない、小節単位で音楽を作らないこと。

アリア

 同じく舞曲ではないので、舞曲の規則からはずれ歌うように演奏する。


3.装飾音

装飾音は18世紀イタリア様式とフランス様式があった。イタリアでは早くからプロの演奏家が存在し、超絶技巧に重きが置かれた。彼らは宮廷音楽家でなく旅をしながら演奏を披露した。コレッリ、ヴィヴァルディ、ヘンデルはイタリア様式の作曲家で、ソロパートは骨格しか書かれていない。

一方フランスでは宮廷文化を背景に厳格な趣向を伴った音楽が行われ、装飾音もイタリアのように自由でなく、さまざまなしきたりや、規則が決められていた。従って、全ての装飾音が書き出され、それを音楽的意図に忠実に実現させることが演奏者に課せられていた。


装飾音(前打音)はかかる主要音の半音上か下、あるいは全音上か下の音で開始され、タイミングは拍の頭(on the beat)で始まる。ロマン派の音楽では、装飾音は拍の前で、主要音が拍の頭で始まる。一方バロック時代では装飾音を強調する為にていねいに装飾音を扱い、時間とアクセントをつけて装飾音を拍の頭から演奏する。


前打音の規則

1. 前打音の長さは主要音の半分まで取ることが出来る。
2. 主要音が付点音符の場合その2/3の長さまで取ることが出来る。
3. 主要音の次の音が同音である場合主要音は前打音で置き換えることが出来る。
4. 主要音の次の音がタイで結ばれている場合には、主要音を強制的に前打音で置き換える。
5. 主要音の次に休符がある場合、前打音に続く主要音は休符の半分までずれ込んでもよい。
6. スラーの付いてない3度下降するメロディーの間にある前打音は例外的に短く拍の前で演奏する。
7. 曲の始めの前打音は長い前打音で演奏してはならない。
8. 変過音に前打音がある場合メロディーが変わらないよう短い前打音で演奏する。
9. 前打音が主要音の和音の構成音である場合短い前打音で演奏する。長い音で強調してはいけない。ヘンデルのソナタ第6番1楽章14,15,16小節各第3拍目(*)。



装飾音は不協和音を生み、それを作ることを目的にしている。したがってハーモニーの邪魔にならないように演奏するのでなく、明確に響かせなければならない。また不協和音の解決もその出現と同じように大切に扱わなければならない。

バロックとはゆがんだ真珠を意味し、装飾音による不協和音もその歪みの一つである。また後で記載するイネガルInegaliteも歪みを作るものである(T)。

装飾音であることを明確にするため、装飾音符とその前の音、そして最後の音とその次の音をレガートで演奏しないで、音同士を切る(離す)。


トリルで震える音は主要音の半分くらいにしあとは主要音とする(ロマン派時代にはこれはなくなり、最後まで震えさせる)。トリルの初めと終わりの音が大事で明確に演奏する。


4.誤解されやすい用語や記号

バロック時代とロマン派時代では用語や記号の使われ方、解釈が違うもの、元来の意味が失われたものも多い。バロック時代で完全に速度記号であるのはレントとプレストだけで、他は速度と表情記号の両方であったりする。

1, Allegro 陽気に、快活にで、テンポ記号というより表情記号、通常テンポより少し速めに演奏する。
2. adagio  心地のよいようにという意味で、ゆったりして気持ちよいようなテンポと表現法で演奏する。
3. vivace  「生き生きと」というイタリア語でallegroより早くという現在の定義は成り立たない
4. フェルマータ 人間の目を象形したもので、もともとは注意という意味であったがバロック時代にはここでカデンツを入れたりもした。バロック時代では音を伸ばすというのは正しくない。曲の終わりにあるときは単に終結を示しているだけである。 
テレマン12の幻想曲(第6番、第7番)ではフェルマータで終わる曲が多いが、長く伸ばして堂々と終わることはしない。王様だけが堂々としていてよく、音楽家の演奏の終わりは堂々としないで、さっと終わり、リタルランドも要らない。しかしヘンデルではritで終わることも多い(T)。
5. sf   スピトフォルテ  突然フォルテにすること、ロマン派ではsfzと同
     じ。
6. sfz  スフォルツアンド
7. pf   ポコフォルテ   少しフォルテ、ピアノフォルテではない
8. fp   フォルテピアノ  アクセントをつける
9. pp   ピウピアノ  ピアノより少し弱く、後にピアニッシモに変わる。
10. ppp  ピアニッシモ ピウピアノよりさらに弱く、ピアニッシッシモでは
     ない。1820年ころまでこう呼ばれていた。
11. p  f クレッシェンド
12. f  p デクレッシェンド
13. カイル  くさび  丁寧、大切に演奏する(T)。
14. スタッカート 同じ音量、同じ長さ、同じ音質で演奏する。どの音にもアクセ
     ントは付かない。
15. スラー付きスタッカート
 クラビコードは鍵盤を押しっぱなしにすると金属ハンマーの先が弦に当たったままになる。この状態で押さえた指で鍵盤を揺らすと音はわずかにヴィブラートがかかる。この演奏法を示すためこの記号が始まった。


5.その他

Inegalite

バロックの演奏で固有なことであるが、リズムを不均等に変えること。ヘンデルの場合2つ組みの音符で最初の音はいつも記譜されているより幾分長く保たれるべきである。第2音はその分だけあとから短くおまけに弱くならされる。どの程度不均等にするかはいろんな要素で変化するが、最初の音を記譜できないほどちょっと長めにすることから、3連音符のリズムを通り、付点のリズムまで及ぶ。ヘンデルの11のソナタ第1番1楽章(*)。テレマン12の幻想曲第10番GiustoModerato(T)。

以上


団員からのコメント

昨日(12月23日)紀尾井ホールのクリスマスコンサートに行ってきました。バロックフルートの名手前田リリ子とバロックダンスの第1人者の浜中康子の企画で、前半は古楽オケと歌手でバッハのクリスマスオラトリオや讃美歌、コレルリのクリスマス協奏曲など、後半はラモーのオペラ「優雅なインドの国々」をバックにアリアやダンスが演じられました。ダンスはルイ14世時代の様式で、メヌエットもサラバンドも優雅というより軽快で、飛んだり跳ねたり足を小刻みに使う楽しいものでした。解説ではキーワードはシンメトリーということでした。ベルサイユ宮殿の庭園に見られる幾何学的なシンメトリーを思い出して、これがこの時代の基本思潮だと思いあたりました。ダンスも時代と場所に左右されるものとはいえ、当時のダンス先進国フランスの踊りが見られたのはいい経験でした。  八谷


以上

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