鎌倉新フルート合奏団:合奏団便りから
  第53回ミュンヘン国際音楽コンクール(フルート部門)報告

第53回ミュンヘン国際音楽コンクール(フルート部門)報告

八谷周策(Flute)

今年のミュンヘン国際音楽コンクールのフルート部門を聴いてきました。大変参考になりましたので、概要をご報告します。

1. ミュンヘン国際音楽コンクール

 今年53回目という長い歴史を持つ国際的にレベルの高いコンクールで、フルートに関してはジュネーブコンクールと並ぶ権威をもっているといわれています。対象楽器を変えて毎年行われ、今年はフルート、ヴィオラ、ハープ、弦楽四重奏の4部門でした。主催はARDとよばれるドイツ各地の民間放送局連盟で、事務局は地元のバイエルン放送局が勤めています。
 フルート部門は、9月1日から1次予選が始まり2次予選、セミファイナルを経て9月11日にファイナルが行われました。私は1次予選の途中から最後まで聴くことができました。あわせて、他の楽器も可能な限り聴いてきました。なお、来年はヴァイオリン、チェロ、ホルン、ピアノデュオで、次回のフルート部門は4年後の2008年となります。

2.出場者

 事前審査で世界中から大会本部に寄せられた百名を越えるテープ応募者を63名にしぼり、1次予選が4日間行われました。この中から、23名が2次予選に進みました。2次予選は2日間、1次も2次も会場はミュンヘン音大です。日本からは7名が出場し5名が2次に進んだので、ここまでは好成績といえます(日本で活躍している藤井香織さんは残念ながら落選です)。全体に女性が多く(日本は全員)、またアジア系が結構多かったようです。
 セミファイナルは6名。日本から残ったのは高木綾子さんだけでした。さすがに実力とオーラが他の日本の人とは違うように思いました。そのほかにフランス2名、あとロシア、ドイツ、イタリアの各1名です。会場は、バイロイト祝祭劇場を模した豪華なオペラ劇場であるプリンツ・レゲンテン劇場で、室内オーケストラとのモーツァルトのコンチェルトと委嘱作品(ソロ)でした。
 ファイナルはフランス、ドイツ、イタリア人の3人に絞られました。高木さんは素晴らしいと思ったのですが、残念でした。審査員でもあるベネット先生の弟子で、渡辺先生から気をつけるようにと言われていた、ロシアのデニス・ブリアコフもセミファイナル止まりでした。1次・2次予選でのラッパのような大きな音と抜群のテクニックで注目されていましたが、セミファイナルともなると難しかったようです。私には高木さんやブリヤコフとファイナルに進んだ人は紙一重の差のように思えましたが、審査員の耳は厳しいものですね。

3.ファイナルの結果

 ファイナルの会場は王宮の中の素晴らしいホールのヘルクレス・ザール、曲目はバイエルン放送交響楽団をバックに、イベール、ニールセン、ペンデレツキの協奏曲から1曲。
 結果は (1位)Magali Mosnier フランス 曲はイベール 賞金1万ユーロ(約140万円)
     (2位)Pirmin Grehl  ドイツ    ニールセン  7500ユーロ
     (3位)Andrea Oliva  イタリア   イベール   5000ユーロ
で、1位のマガリは予選時から注目していましたが、流麗で芯のある音で、聴く者に感動を与える本当にすばらしい人でした。またなかなかの美人で、スター性もありこれから目が離せない存在ではないでしょうか。高木綾子さんと話していたら、彼女は2001年のランパルコンクールで1,2位なしの3位、高木さんが4位だったそうです。その時よりまたズッとうまくなっていると感心していました。2位のドイツ人はそれほど特徴がなく、セミファイナルの他の人と差があるとは思えませんでしたが、後で聞くと委嘱曲の演奏が素晴らしかったそうです。ファイナル一発勝負ではなくそれまでの積み重ねも評価されているようです。イタリア人はひたすら明るい音色で爽やかで、私はいいと思ったのですが、一緒に聞いていたプロの人はミスもあったと言っていました。
 また協賛各社からの賞も発表されました。聴衆賞はマガリ(1500ユーロ)、ブリュアー・ブッシュ賞(3000ユーロ)は2位のグレール。委嘱作品ベスト解釈賞(1000ユーロ)とベーレンライター賞(200ユーロ)がブリアコフにあたえられました。これからに期待するということでしょうか。さらに優勝者にはオーケストラとの共演を含むいくつかの記念コンサートが開かれるのも魅力です。

4.審査員

 世界の権威が9名審査に当たりました。クサバー・オーネゾルグ氏(審査委員長)、オーレル・ニコレ氏(すっかり年取って腹が出ていたのにはびっくり)、カール・ハインツ・ツェラー氏(この人も高齢で予選初日に階段でころんで入院、ファイナルにやっと顔をはらして出てきました)、ウイリアム・ベネット氏、アメリカからバックストレッサー氏、日本の峰岸壮一・金昌国両氏、Raymond Guiot氏、Gaby Pas-Van-Riet氏でした。1次・2次では1日10人以上を、朝10時から夜7時くらいまで聞いてその後遅くまで審査で激論されるのでしょう。審査員の方々の負荷は大きいと思います。日本のお二人とは休憩時間などに雑談しますと、風邪をひいたり疲れたりで体調管理が大変だったようです。なお、他の楽器ではヴィオラで今井信子さん、ハープで吉野直子さんが審査員をやっていました。

5.曲目

@ 1次予選 テレマン「ファンタジー」から1曲。モーツアルト「ロンド」。イサン・ユン、ベリオ「ゼクエンツァ1」、ホリガー、ハルフターなどの現代曲から1曲
A 2次予選 J・S・バッハ「パルティータBWV1013」から1楽章(みな第1楽章を選択)、シューベルト「しぼめる花変奏曲」、デュティエ・プーランク・サンカンのソナタまたはジョリヴェ「リノスの歌」から1曲(「リノスの歌」が人気でした。)
B セミファイナル モーツアルト協奏曲G−durかD−dur(ミュンヘン室内オーケストラと共演)、ゲオルク・フリードリッヒ・ハースの委嘱新曲(コンクールのための曲で微分音などの入る、やたら難しく、つかみ所のない曲だが、弾く人の個性が出て、6人も聴くとそれなりに面白くなるというもの。)
C ファイナル 上記
予選を聴いて感じたことは、ピアニストとの関係です。特にシューベルトではピアニストの力量と相性が大きなウェイトを占めます。日本人を含めいつもの相手を連れて行った(当然費用がかかります)人と、主催者が用意したピアニストと合わせた人では差があったように思います。

6.終わりに

 私のような素人に出演者や審査の評価が出来るわけもなく、みんなすごいなと思い聴いていましたが、審査の先生方ともあとでお話が出来たこと、また同行の日本フルート協会理事の先生のお弟子さんの小池郁江さん(現在都響のフルート奏者)が出場して2次まで残り、当人や友人の高木綾子さんと話せたこと等から色々な情報を聞く事が出来ました。その中で感じたことは、出場者のレベルはものすごい、しかもセミファイナル以降に残るのはさらに一段上だということです。テクニックや音色などは当然のことで、どこまで人を惹きつける輝きを持つかが勝負だったように感じました。このクラスには学生はおらず、みなソリストまたはオケで活躍し、コンクールで入賞したり優勝しているのです。彼らはライバルであるとともに友人でもあり、将来を担う世界の若手トップグループを形成しているようです。
 高木さんのように日本で活躍している人でも、予選の時会ったら、プレッシャーを感じて食欲も出ないとのことでした。演奏会のほうがずっと楽だとも言っていました。「あなたのような出来上がった人が何故受けるのか」と聞いたら、「世界のレベルを直接肌で感じるためと、怠けてしまう自分を駆り立てるため」と答えました。そして次回また出たいけれど、「ルールが変わって年齢制限が30歳から28歳に下がったため出られない、どこでチャレンジするか考える」とのことでした。先生たちも、今回のレベルの人は世界に大勢いて、そこから抜け出るのが才能と努力だと言われています。彼らにとってコンクールは通過点であり、将来大成できるかどうかはこれからにかかっていると言えるでしょう。しかも、次の若手層が追い上げてくるのです。本当にプロの世界は厳しいものですね。アマチュアとプロの間に横たわる深淵を垣間見たような気がしました。 私達のように趣味でやっているのが楽しくていいなと思うとともに、プロの厳しさとは違っても一歩づつでも進歩するよう努力しなくては、と感じた次第です。

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