テレマン12の幻想曲
鈴森武雄(1stFlute) ランパルと有田によるテレマンの12の幻想曲を聞き比べてみた。当合奏団には多くのフルートの専門家や、ことフルートについては二言三言ですまない、それぞれの考えを持ったメンバーばかりであり、うかつなことでは袋叩きの刑に処せられるので、フルート音楽に関する寄稿はためらっていたのであるが、それ以外のテーマが尽きてきた。従って恐る恐るの投稿である。
この幻想曲は12曲からなり、一曲が3分程度と短く、一方全曲演奏するには50分もかかり長すぎて、無伴奏だけに単調になってしまう。従って名曲であっても、きちんとした演奏会で演奏されるのを聞いたことはない。鎌倉新フルート合奏団の団内演奏会で12曲中のどれかを渡辺先生が超絶技巧で披露されたのが、記憶にあるだけである。
最近寝る前にこのDCをよくかけているが、何しろ12曲もあり、いくら名曲といえども、睡魔には勝てず最後まで聞き終えたことはない。1曲目は意識もはっきりとして、この幻想曲の冒頭の名曲・名演奏を楽しむ。2曲目は半ばから子守り歌状態となってくるが、なんとかメロディーをたどっている。3曲目はレム睡眠状態で、4曲目から昏睡状態となり、以降まったく曲を聞いたという記憶がない。時々家人が起きてきて、CDの音がするし電気は点けっぱなしで、だらしないと怒って、100円の罰金刑を宣告、取り立ていく。従って今回の聞き比べは全12曲中の2曲目までが対象である。
テレマン(1681〜1767)には通奏低音またはバスパートなしの多くの作品がある。この種の作品としてフルート、バイオリン等のための独奏、二重奏、四重奏の作品があり、当時の音楽専門家、音楽学生、アマチュアの要求に合うようにスタイルの変化・多様性を与えたものになっている。この無伴奏フルート幻想曲もこの系列の作品である。以上の文章はランパルのCDジャケット(1972年録音、1989年CD化)から引用したが、有田本人による解説や、世界大音楽全集(1990年1刷発行)にも似たような文章があるので、共通の出典や資料があるのであろう。また村松楽器ホームページの楽譜紹介に三上明子氏の解説がある。
ランパルは現代奏法、有田は古楽器奏法と、演奏基盤がまったく異なっているので、別の曲と誤解するほど違っている。比較結果は次のとおりである。
比較項目 |
ランパル |
有田 |
録音 |
1972年 |
1989年 |
奏法 |
現代 名人芸、 |
古楽器 |
テンポ
1曲目
2曲目
12曲計 |
速い 2.49分 3.53分 49.17分 |
遅い 3.13分 4.29分 57.25分 |
テンポの変化 |
自由・大 |
小 |
acce、rit |
大 |
小 |
音色 |
華麗 |
古色、典雅 |
楽器 |
現代フルート |
フルートトラベルソ
Thomas Stanesby
Junior London
ca.1725年a=415 |
楽器奏法 |
現代楽器を最大限に活か
した奏法 |
トラベルソによる独特の
節回し |
録音ホール |
埼玉会館 |
アムステルダム |
ホール残響 |
特に大 |
標準 |
ランパルの演奏は現代フルートの機能を最大限に生かしたもので、音量のダイナミックが大きく、テンポはオリンピック陸上100メートル のように世界最速である。上表に演奏時間を示したが、1曲目、2曲目ともに3〜4分の短い曲であるにもかかわらず、有田より約30秒も短く、この演奏がいかに速いか、おわかりいただけるであろう(リピートは両者同じように楽譜に忠実に繰り返している)。ゆっくりした部分では両者それほどテンポの違いがなく、速いテンポの部分でランパルが特別速いのである。この演奏を聞いてしまうと、1曲目冒頭のプレストがあまりにも速くて、世界最速の魅惑に取り付かれてしまうが、私には及びもつかないテンポであるので、すばらしい曲であるにもかかわらず、この幻想曲を少しでも練習してみたいという気になったことはない。
無伴奏・幻想曲であるだけに、アチェレランド・リタルランドもランパルは自由、強烈、爽快であり、またリピートでは自由な装飾・変奏が行われている一方有田はランパルの演奏を聞いて、古楽器にもかかわらず、ランパルと反対にテンポを遅く、変奏の少ない、リズムをあまり崩さない演奏にしたのであろうか。しかし独特の節回しの世界である。いずれの演奏にしても無伴奏・幻想曲のテンポの揺らしかた、曲作りは、非常に興味がある。
ランパルの音色は華麗でまさにランパルトーンである。また非常に残響の多い(長い)ホールでの録音であるので、音色が豊麗なことこの上なく、私の持っているCDのなかで、残響が大きい最右翼の録音である。有田のCDはトラベルソでのバロック音楽そのものの典雅な響きであふれている。テレマンが作曲したまさに同時代の楽器を使用しており、当時の演奏と音色を再現して、これはこれですばらしいと思う。楽器の製作者Thomas Stanesby Juniorはイギリスの有名なトラベルソ製作一家で、有田によると象牙を多用した名器であるという。有田の演奏はトラベルソを使用し、音量が小さいこと、キーメカニズムがまだ未確立でその機能の制限があること等が、そのなかで最大限の芸術性を発揮させるべく、必然的にその表現方法を、独特の節回し、典雅・ゆったりとした方向に向させたのであろう。
ランパルの録音は全盛期の1972年で、彼のLPが山ほど出た時代である。イムジチによるビバルディーの四季が大ベストセラーになってバロック音楽がブームになったのが1960年半ば頃からであったろうが、ランパルによってバロック時代のフルート作品が次々にLPに登場してきた時代でもあった。はつらつとしたバロック演奏がイムジチによりブームになったように、またこの演奏もその時流に乗ったものである。このバロックブームは次の方向として古楽器による演奏に向かったが、ランパルは古楽器奏法の前の時代に位置づけられる。
両者の演奏でどちらを採るかは、各自の好みによるが・・・・などというあいまいな表現は当団では禁句である。いい悪いを明確にして結論を出すべきである。間違ってもいいから、はっきりしろ、 といっておいて、間違ったら袋叩きにするのが当団の習しである。従って表現はいたって困難であるがあえて以下を結論とした。明快な解釈、爽快・流麗な演奏は、典雅ではあるが難解で古風な演奏と比較して、また超絶技巧をいつかは身につけたいというかなわぬ願望から、ランパルの演奏をよしとする。
有田の演奏については今回あまり触れない。彼のCDもたくさん出ていて、改めて登場させたい。
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